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ロジカルシンキング考  ~ざっくりロジカルシンキングについて考え、まとめてみた~

ロジカルシンキング考 
~ざっくりロジカルシンキングについて考え、まとめてみた~

ちょっと苦手(?)というか、自分でも整理ができていない部分があったので、自分の理解を再整理する意味でまとめてみました。
あくまで自分にとっての解釈や整理も多いので、もし学びたい方は原書など読んで学ばれることをお勧めします。


ロジカルシンキングとは何か?

文字通り「論理的な思考」を指すと思っています。
(言い換えただけで、定義も何もないビックワードじゃねーかと思った方、クリティカルシンキングのやりすぎですw)

思考法であり、テクニックであるのだけど、訓練しないとできないスキル(技能)でもあるかなと。
本質的には、問題解決およびそのための意思決定のためにあると思っています。

マッキンゼー・アンド・カンパニーの中で使われているものが、書籍などで公開されたことになり、ビジネスマンの中でブームとなって広がったものらしいです。
実際、今までロジカルシンキングで参考にした書籍の多くは、マッキンゼー出身の方が書かれています。

マッキンゼー出身のライターが書いた著書
照屋華子・岡田恵子「ロジカル・シンキング 論理的な思考と構成のスキル」東洋経済新報社 2001初版
照屋華子「ロジカル・ライティング 論理的にわかりやすく書くスキル」東洋経済新報社 2006
安宅和人「イシューからはじめよ 知的生産のシンプルな本質」英治出版 2010
バーバラ・ミント 山崎康司(翻訳)グロービス・マネジメント・インスティテュート 「考える技術・書く技術 問題解決力を伸ばすピラミッド原則」ダイヤモンド社1999

グロービス経営大学院系の著書
グロービス 嶋田毅「実況 ロジカルシンキング教室」 PHP研究所 2011 
齋藤嘉則 株式会社グロービス「問題解決プロフェッショナル 思考と技術」ダイヤモンド社 1997
(※齋藤さんもマッキンゼー出身)
グロービス・マネジメント・インスティテュート「新版 MBAクリティカル・シンキングダイヤモンド社 2005


ロジカルシンキングが求められている時代背景とは?

2000年代より、ブームになったということですが、ブームになったからにはその求められている時代背景があったんではないかなと思いました。
理由の一つとして思いつくのは、バブル崩壊後国内市場の限界があり、グローバル化が必要になってくる時代だということ。
日本国内だけでやっていくうえでは、実はそこまで重要視されないのではないか。
日本国内だと同じ文化、阿吽の呼吸のような、空気を読むコミュニケーションが多い。
異なる背景の中コミュニケーションを行うには、かなり細かく言語化して論理構成されたコミュニケーションが必要になってくること。
もう一つ思いつくのは、国内経済の成長がとまったことにより、これまで以上に課題解決能力が求められていたこともあると思います。


■論理的とはどういうこと?

論理的であると認められるためには次のような条件を満たす必要があると僕は思っています。

①問いに対する結論が明確であること。
②結論の根拠が過不足なく示されていること。
③結論と根拠の間に因果関係が認められること。
(※根拠はファクトをベースにしていることが前提)

一般的に「論理的」と思われている人は、主張と理由がワンセットで出ている人がそう思われることが多いように思えます。
だけどそれだけでは本当の意味では論理的だとはいえません。

あまり意識されていないけど、論理には必ず「問い」(課題)がつきまとっています。
それが明示されているかどうかは別にして。

論理的でないと感じる時は、3つの条件のどこかに問題があります。
①に問題があるときは、話し手は思ったことをただしゃべってたりするだけで「論点」がずれている状態。
いわゆる「イシューずれ」とか言われて、問題を認識していないと思われたりする。
②に問題があるときは、一部の論点だけ話つづけている状態。
思考に抜けがあり、聞き手からは全体感がない話に感じられる。
③因果関係がわからないと、論理が飛躍しているように感じられ、聞き手には脈絡がわからない話と感じられる。

論理はピラミッド構造で表すことができます。

 

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■問いとは?
論理的であることを満たすためには、まず「問い」(イシューと呼ばれる)が必要だということは先述したとおり。
ただし問いをどうやって立てるのかという疑問があります。
多くの場合は主体者(問いをたてる人、意思決定する人)の問題意識・課題意識から生まれるものだと思っています。
昔学友に「イシューは天から降ってくる」などと言って笑われましたが、問題や課題がなければイシューとなる問いは存在しないのだと思います。

Yahooの安宅さんの「イシューからはじめよ」にある、「よいイシューの3条件」とは次のようなものです。
①本質的であること
②深い仮説があること
③答えが出せること

言い換えると、3条件は次のようになるのではないかと。
①意思決定に影響すること
②解が一般的に出ていないと思われるもの
③答えが出せると思われること。(検証可能であること)

これはどういうことかというと「意味のあることを考え、無駄なものは考えない」ということ。
①のように、考えた結果、行動や方針が変わるものでないと、哲学者になってしまう。
②のように、すでに答えがわかっていると思っていることは、無理に考えない。
③のように、答えが出せないこと、今の段階では考えてもしょうがないことは、考えない。その時間が無駄になります。


■問いを深める技法

初期段階では3条件が判断できないことが多いです。
以下のアクションをとって問いの精度を高めていくことで、答えを出せるかどうかを判断できるようになります。
・言葉の定義をはっきりさせる。
・前提条件を明確にする。
※what(何を)、where(どこで)、when(いつ)、who、why、howを明確にする
・WHYを繰り返す。

※イシューにおける問いはWHY(なぜ?)にはしない。
whyにしてしまうと具体的なアクションにはつながりにくいから。
学術的な研究であればよいのかもしれないが、ビジネスでは理由が知りたいのではない。
解決策(Howによる結論)であったり、その前段階のwhat(何をするか?)、where(どこに注力するか?)などがベースになる。

そういう意味では問いは問題解決を進めていくと最終的にはHowになるのではないかと思う。
what(問題とは何か)→where(問題はどこにあるのか?)→why(なぜその問題は起きている?)→how(問題の解決策とは?)


■過不足ない根拠のためのMECE

分解の技法として、よくいわれているのがMECE(mutually exclusive and collectively exhaustive 相互に重なりなく、全体として漏れがない)
「目的」をおさえて、必要な全体集合とその要素を洗い出すこと。(要素分解)

全体を押さえ、抜け漏れをなくして分解することで、比較して優先順位をつけたり意味合いをだすことが可能になってきます。
まずは分解すべき全体集合をどうやって捉えるか。

(適切な枠組み・論点を見つけていく)
①イシューからトップダウンで分解して考えていく
・構成を考える。(何かしらの構成要素軸で切り分ける)
・変化(時間軸、プロセス)を考える。
・物事の両面で2つに分けて考える。

ここでトップダウンの分解がうまくいかない場合、「問いを深める」作業が足りない可能性は高い。問いが具体的になっていないといえます。

②事実から考える。ボトムアップで分類して考えていく。
・ファクトからグルーピングを行う。
共通項を分類していくことで、実際のデータから要素を洗い出していく。

この②のアプローチがうまくいく場合は、結構多くのデータやファクトが揃っている場合。問題解決の初期段階では、データなどないため、このアプローチはとれないことも多いが、ある程度仮説検証をまわした段階だったら、エビデンスベースで考えていくことで、適切な論点になっていくこともあります。

(既存にある枠組みを活用する)
・イシューや目的に適合するフレームワークの活用
既存のMECEとなる枠組みを活用する。
目的に対して適切な既存のフレームワークがあるのであれば、フレームワークを活用して考えてしまったほうが時間短縮になります。


■論理構造を成立させるための、2つの方法

主張を支える根拠を示す構造を、論理構造とすると、その構造を成立させるための方法は基本的に2つしかありません。

演繹法
事実を一般的な法則に照らし合わせて、結論を導き出す方法。
演繹法の落とし穴
・本当に一般的な法則か?ということは考えたほうがよい。

帰納法
複数の事実の共通項から、結論を導き出す方法。

上記のどちらかのアプローチを使って、論理の下部構造を支えることになります。

演繹法は、いってみれば事実と共通認識となりうる判断基準を提示して、主張となる結論を示す方法で、帰納法は複数の事実から統合して言えることを主張する方法といったところでしょうか?


■因果関係について考える。

論理的に考える、主張するためには、物事の因果関係を正しくとらえる必要が出てきます。

私はAすべきだと思います。なぜならB、C、Dだからですという主張があったとしたとき、なぜならの部分がきちんとつながっているか捉える必要があるからです。

ではどうやって因果関係をとらえるか?

・因果関係はインプット‐アウトプットで分類して整理すると理解しやすい。
インプットとは、コントロール可能な指標、原因
アウトプットとは、結果指標であり、直接コントロールができないもの

・因果関係を可視化する。
実際の事柄、インプット、アウトプットについて矢印(→)を引いていき図式化していくことで、物事の因果関係の流れを整理して、つながりを把握する。

・ロジックツリーを考えてみる。
分解して変数を考えてみる。

・因果関係を考える上での落とし穴
相関関係があることと、因果関係は分けて考える。(第三因子など、実は別の要因が働いていることは十分考えられる)
原因と結果を取り違えない。(→が逆)
原因となる要素のうち、たまたま目に留まった要素を重要視してしまう。


■事実と何か?

論理思考は事実をベースに考えますが、この「事実」を捉えることもそう簡単なことではありません。

事実なのか、解釈(思い込み)なのか、結構混同して捉えている人も多いです。

・事実と解釈の違いを明確にする。
「A社は1996年に目標管理制度を変更した結果、従業員の士気はあがり利益は上昇した。」という記事があったとすると、おそらく目標管理制度が変更されたこと、利益が上昇したことはファクトの裏付けが取れることですが、従業員の士気があがったこと、制度と士気と利益の上昇の中の因果関係は検証が難しく、ここは解釈の世界になると思います。

・感情や価値観に引きずられない「事実」の認識とは?
(例)→中二の時になるほどと思った小説「ロードス島戦記」の賢者スレインの考え方
「性格の悪い女性がいても、美人であることは認めなさい。」
・真実と事実を混同しない。

真実などというと実は解釈が入ってしまっています。物事をありのままにみることが大切。
人間は認知する際に、ついつい感情や価値観のフィルターを通して見てしまうことが多い。

・事実の確からしさを評価する。
一次情報と二次情報、生データと加工データなど、情報のリソースによる区分

・ファクトとは料理の素材みたいなもの
Garbage in , Garbage out (ゴミのようなデータをいれても、ゴミしか得られない)
目的に合わせたデータを収集すること、データの背景を捉えておくこと。

 

適切な「事実」に基づいて結論を導き出さないと、かなりずれた結論になりかねません。「事実の見極め」とは料理の素材選び、目利きのようなものかと思います。


■分析とは「比較」の技法。

分析とは「事実を比較して意味合いを抽出すること」だといえます。先ほどの事実の見極めが素材の目利きとすると、分析とは素材の適切な調理法といえるかもしれません。
気を付けておきたいことは下記。

Apple to Apple(比較可能なものをフェアに比較する)
分析に必要な要素が同じ前提条件にあるものなのかどうか、おさえておく。

・分析の軸を明確にする。
必要な結果(検証)が生まれる軸がどうか?
何を比較すれは、結論が出せるかを考えて、必要な軸を選ぶ。

あくまで「問題となる問い」がベースで、判断や結論のために何を比較するべきかが重要です。


■論理思考を身に着けるとクリエイティブになれるか?

これは疑問。条件付きイエス。
クリエイティブをどう定義するかによって違ってくる。

論理思考の本質は問題解決のための思考であって、アイデアを生むための思考法ではない。
イデアを生むか?といわれたら、NOと答える。
本質的にアイデアとは組み合わせによる飛躍だと思ってる。
思考の抜け漏れを発見できる、制約条件を明確にできるなど、アイデアを現実化させることはできる。
思考を現実化することが「創造的」だとするならイエスだよね。


■コミュニケーションにおけるロジカルシンキングの役割

ロジカルシンキングは、「理解」のためには役立つが「共感」には役立たない。
意思決定のためのコミュニケーションには、ロジカルシンキングは役立つ。
感情の共有のためのコミュニケーションには寧ろ有害となるシーンも多い。

わかりやすい例としては、男女間のコミュニケーション。
男は「理解」脳、女は「共感」脳だと聞きますが、男女の「わかってほしい」はかなり意味合いが違います。

男の「わかってほしい」は、自分の置かれている状況を理解してくれた上で、解決策を提示するなり、慰めてほしいだったりですが、女性の「わかってほしい」は自分のおかれている状況と同じように感じて、一緒の気持ちになってほしい感覚のように思えます。

なので夫婦間のコミュニケーションでロジカルシンキングは「使うな、キケン」と思われます。※使おうとする勇者が時々現れるので、注意。
よい例としてはソクラテス
ソクラテスの奥様クサンティッペは悪妻として名前が残っているが、悪妻にしたのはソクラテスといえなくもないような気も。
哲学者になるために結婚するとかはごめんだけど。。


ロジカルシンキングの限界

ロジカルシンキングをできるようにしようと思う人、あるいはちょっとかじった時は、これを使えば何でもできるような錯覚を覚えるかもしれません。当たり前のことですが、限界もあり、注意事項も。

・僕らはロジックの世界に生きていない。
多くは感情の世界に生きていて、感情によって意思決定をしている。
だから自分も他者もロジック通りに意思決定するわけではない。

・人間の認知には限界がある。
したがってロジカルシンキングで得られる結論とは、正しい結論ではなくて、現在の知りうる情報の中から導き出されるより妥当な結論。
自分が正しいと思い込んでると痛い目みちゃいます。

・時には考える前に行動も必要
時間はもっとも重要なリソース。行動してみたほうが早かったり、する場合も多い。
その場合はざっくり仮説が立つなら実際に行動してみて、その結果で判断したほうが効率が良い場合も多い。


ロジカルシンキングの価値

それでもロジカルシンキングには価値があると思います。
自分が思うロジカルシンキングの価値とは下記。

・異なる前提条件にいる間柄でも、整理したうえでわかりやすい説明が可能になる。
・自分自身の思考の抜けが少なくなり、迷いのない意思決定がしやすい。
・十分な思考があるため、現実で仮にうまくいかなかったとしても、失敗の要因が特定しやすく、改善策も打ちやすい。

 

■できるようになるためには?

もうこれはひたすら「実践」あるのみ。

日々の仕事や生活の中で、使い続けることで「思考の癖」をつけていくことが、ロジカルシンキングをできるようにする唯一の道のように思います。

 

長文になりましたが、備忘と日々丁寧に考える習慣をつけていこうと、自戒を込めて